4月の講師演奏曲について
シューベルト作曲 「野ばら」
先月お聴きいただいた「すみれ」同様、今月も可憐な花を愛でる内容ではありません。命懸けの失恋物語です。「すみれ青年」は踏み潰されましたが、「野ばらお嬢さん」はポッキリ折られてしまいます。
歌詞は、同じゲーテ作。
野原に若々しく、朝のように美しい野ばらが咲いていました。
それを見つけた少年は、大喜びで駆け寄り折り取ろうとします。
野ばらは叫びます。
「そんなことしたら棘で刺しますよ。あなたが永遠に私のことを忘れないように」と。
その声は少年には届かず、折り取られてしまいました。
そうです。この2つの物語の違いは、「すみれ青年」が自ら望んで命をかけたのに対し、「野ばらお嬢さん」は抵抗の甲斐なく折り取られてしまうということ。
その違いを深く捉えた二人の天才、モーツァルトとシューベルト。
2曲の聴き比べも興味深いかと思います。
ここからは、名曲「野ばら」を生んだ3人の物語。
21歳の貴族の学生ゲーテは、18歳の牧師の娘、ブロンドのおさげ髪のフリーデリーケと恋に落ちました。しかし1年後、大学を卒業した彼は、彼女に何も言わずに去ってしまいました。残されたうら若い娘さんの心の傷は重傷。彼女は独身のまま、その生涯を終えたそうですから。
後年ゲーテは謝罪するかのように、彼女を賛美するこの詩を書きました。
この詩が、シューベルトの心を捉えたのは18歳の時。
教師の職を捨て、後先構わず、一途にフリーランスの音楽家人生に飛び込んだ頃です。31歳で一文無しのまま世を去ることになる、無謀な決断です。
当時は身分制度の厳しい時代でした。
それぞれの制約の中でしか生きざるを得なかった3人の若者。
共通項は唯一、将来を計算しない純粋な情熱の輝き。(あるいは暴発。)
この「若々しく、朝のように美しい」瞬間を、シューベルトは見事な音楽で、未来永劫に残しました。
痛みの混じったような青春の輝き。言い換えれば、愛おしい無鉄砲。
今日このごろの私にはヤケに眩しい!
奥原由子