2019.05.07
5月の講師演奏曲について
シューベルト作曲 菩提樹
原曲は歌曲集「冬の旅」中の一曲。
舞台は階級制度の厳しい時代。主人公は、それを越えようという夢にやぶれ、苦しい旅をする貧しい若者。その若者に泉のほとりの菩提樹は「友よ、おまえの安らぎはここにあるよ。」と語りかけてくれます。
曲の途中突然、彼の苦難を表すような冷たい北風が吹いてきて帽子を飛ばしてしまいます。当時帽子は、彼が望んでも入れなかった上流のシンボル。それが吹き飛ばされても、もはや彼は追いかけません。そんな若者に菩提樹は変わらぬ優しさで語りかけてくれます。「友よ、おまえの安らぎはここにあるよ。」と。
救いのない物語「冬の旅」に、温かな光明が差し込む一瞬です。
西洋には、「どうして良いか分からなくなったら、大きな木に耳を当てて尋ねてごらん。」という言い伝えがあるようです。
シューベルトは、そんな大樹の存在感や木の葉のそよぎを、美しい音楽にしてくれました。その上、私たちを包み込む癒しまでも感じさせてくれます。
奇跡のような音楽を、絶え間無く紡ぎ続けた青年シューベルト。
緑滴るこの季節。今も風の中に、彼の若々しい息吹も聴こえてくるような気がします。
奥原由子